今年の中秋の名月は、嵯峨では雲(yún)ひとつなく、まばゆく輝き、澄み切っていた。

　　一年なじんだお手伝いの少女が、明日は戀人の許に帰っていくという前夜なので、夜更けて、月を見(jiàn)て歩いた。

　　早い時(shí)間だと、月見(jiàn)の客が車(chē)でうるさいだろうと、すっかり月が中天に上りきってから、九時(shí)過(guò)ぎて出かけたのに、嵯峨の道という道は、車(chē)と人で埋まっていたのには愕かされた。

　　大覚寺の大沢池で、毎年月見(jiàn)の宴を開(kāi)いて、龍頭鷁首の船を浮べ、王朝のように管弦を奏して名月を愉しむのだが、新聞を見(jiàn)ると、待宵の月見(jiàn)は大覚寺では五千人の人出、名月の夜は七千人の人があふれたという。私も一昨年だったか、大覚寺へ出かけて芋を洗うような混雑に怖れをなして逃げ出した。

　　日本人は風(fēng)流だなあとつくづくと思う。花が咲いたといえば嵐山に五萬(wàn)人が出、紅葉が色づいたといっては高雄が人が埋まってしまう。花も紅葉も人間に圧倒されて、息も出來(lái)ないように見(jiàn)える。その人込みを見(jiàn)ると、本心から、花や月や紅葉を観賞したいのだろうかと疑わしくなる。

　　車(chē)がひっきりなしに明るいヘッドライトを光らせて通る夜道の端を、きゃしゃな月見(jiàn)提燈の乏しい火をかばいながら、徒歩の月見(jiàn)客が歩いている。

　　もうすっかり人の気配もなくなった大覚寺の門(mén)前を通り過(guò)ぎ、広沢の池のほとりへ出ると、ここにはまだ、月見(jiàn)の人があちこちにたたずんでいた、あんまり著馴れていない和服をきゅうくつそうに著て、赤ん坊を夫に抱かせた若い人妻が、丸い頬に月の光を受けながら、一心に空を見(jiàn)上げているのがほほ笑ましく美しい眺めだった。月が上りすぎ、池には映っていないが、池の面は月光にきらめき、遍照寺山がくっきりと影を落している。もうボートの客は帰ってしまっていて、池は月光だけが渡っているのが森閑として、やはり嵯峨の月夜だと思う。

　　嵐山に廻ると、ここにもまだ月見(jiàn)の客が殘っていた。

　　渡月橋の真中に立つと、丁度、月は川下の森の上に輝き、川波がきらきら光る。川面の葦も、堤もくっきりと浮び上っている。月光をとかした水が、水の中で最も美しいものだと、あらためて川面に眺めいる。

　　ここはアベックが多い。あんまり若くない、三十歳前後のふたりづれが目立つ。こんな遅い時(shí)間に名月を眺めに嵐山まで來(lái)て、人の去るの待つ風(fēng)流心は、この年ごろの人に一番多いのかと思う。

　　月を見(jiàn)てしゃべる人はあまりいない。花見(jiàn)を客が酔っていたり、高笑いしたり、はしゃいで喋りちらすのと対照的で、まことに靜かである。

　　こんな名月は見(jiàn)たことがないと、つれの少女がいう。彼女の戀の前途は決して楽観を許さないのだけれど、若さがどんな苦境も克服して行くだろうと、私はあえて彼女の出発を引きとめようとはしていない。

　　「思い出すでしょうね、きっと、毎年」

　　彼女はひとりごとのようにつぶやいている。

　　私は籠に、芒、萩、女郎花、吾亦紅、桔梗などを、わが庵の庭や、野の道から摘んで來(lái)させて活けさせた。どの少女たちも、月見(jiàn)の夜、秋の花を摘んできたり、籠にいけたりして、月見(jiàn)団子や、栗や芋をそなえる月見(jiàn)の臺(tái)を作る時(shí)は、熱心になってはりきっている。

　　嵯峨の月見(jiàn)団子は白い餅の頭をちょっぴりだし、外はあんこでくるんだ小鼠みたいな形をしている。まるい白い団子の方が盛りやすいので、それはないかというと、

　　「京都の月見(jiàn)団子いうたらこれどす。名月は芋名月どっしゃろ」

　　と、菓子屋の主人は昂然と言う。嵯峨に來(lái)て、このきぬかつぎ方の団子にもすっかりなじみになってしまった。

　　毎年、そうなのだが、嵯峨野を廻って、あらゆる場(chǎng)所から月を眺め、帰って寂庵の庭から仰ぐ月が、結(jié)局は最も美しい。

　　嵯峨で、こんな月見(jiàn)にいい場(chǎng)所はまたとあるまいと思う。

　　待宵の夜は、今年は旅の帰途、故郷に立ち寄って、姉の住む徳島の紅葉山から月を仰いだが、背後の山が連っていて、前方に畠のひらけた嵯峨に似た地形なので、その月もこよなくひややかで美しかった。それでも姉は、[1][2]