昔聞洞庭水　昔聞く洞庭の水

　　今上岳陽(yáng)樓　今上る　岳陽(yáng)樓

　　呉楚東南圻　呉楚　東南に圻け

　　乾坤日夜浮　乾坤　日夜に浮ぶ

　　親朋無(wú)一字　親朋　一字無(wú)く

　　老病有孤舟　老病　孤舟有り

　　戎馬閑山北　戎馬　閑山の北

　　憑軒涕泗流　軒に憑れば泗流る

　　━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●読み方

　　（がくようろうにのぼる）

　　むかしきくどうていのみず

　　いまのぼる　がくようろう

　　ごそ　とうなんにさけ

　　けんこん　にちやにうかぶ

　　しんぽう　いちじなく

　　ろうびょう　こしゅうあり

　　じゅうば　かんざんのきた

　　のきによればしりゅうながる

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　　○「主題」岳陽(yáng)樓にのぼり雄大な景観を眺望し詠じた詩(shī)。

　　○「詩(shī)形」五言律詩(shī)。

　　○「年月」七六八（大暦三）年。岳州の作。

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　　●解説

　　雲(yún)安を出発キ州に到達(dá)した杜甫は、ここに三年滯在した後、舟でこの地を去

　　り、三峽を下り湖北省の江陵に至る。さらに公安に移って、その年の暮には、

　　湖南省洞庭湖東北岸の町、岳州にたどり著いた。一首は、そのおり、県城の西

　　門にそびえる樓で、洞庭湖を一望にしうる岳陽(yáng)樓に登り、雄大な景観を眺望し

　　ながら詠じた詩(shī)である。

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　　●通訳

　　昔から洞庭湖の壯観は噂に聞いていたが、思いがけなくも今、岳陽(yáng)樓にのぼっ

　　て、それを眺めわたすことになった。見(jiàn)渡せば、呉楚の地は、ここ國(guó)土の東南部

　　で、二つにひき裂けて洞庭の湖水となり、はてもなくひろがるその水上に天地が、

　　日に夜に浮動(dòng)している。

　　さて、今の私には、親戚朋友から、一字の便りだになく、老病の身には、ただ

　　一そうの小舟があるだけだ。便りのないのも道理、今もなお戦爭(zhēng)が、関所の置か

　　れた山々の北、故郷の地方にうち続いているのだ。それを思いつつ、てすりによ

　　りかかっていると、涙が流れ落ちてくる。

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　　●語(yǔ)釈

　　〇呉楚　古くは呉と呼ばれた今の江蘇省のうち揚(yáng)子江以南の地と、楚と呼ばれた

　　今の湖南、湖北の地をさすが、ここでは洞庭湖一帯の地をさしていったものであ

　　ろう。〇東南　國(guó)土の東南にあたる地方という意味。東と南ではない。〇圻　二

　　つにひき裂けること。〇親朋　親戚や友人。〇一字　わずか一字の消息。〇孤舟

　　一そうの小舟。〇戎馬　兵馬、戦爭(zhēng)のこと。〇閑山　関所をなしている山。

　　〇軒　てすり。〇涕泗　めめしい涙ではなく國(guó)家の不幸を悲しんで流す、悲愴の

　　涙である。

　　●樓？浮？舟？流。

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　　●杜甫伝記１４「天地の一沙鴎」

　　成都を去った杜甫は、舟を浮かべて妻子と共に揚(yáng)子江を下った。杜甫は五十四

　　歳、永泰元年（七六五）夏五月のことである。舟はまず嘉州、すなわち今の四川

　　省楽山県に寄泊した。そこで杜甫は、自分を慕って訪れた従兄と家族に會(huì)い、酒

　　食の接待をうけ、長(zhǎng)歌、短歌のやりとりをして旅のつれづれを慰めた。ついで立

　　ちよった戎州では、長(zhǎng)官揚(yáng)某の酒宴に招かれた。さらに重慶に舟を泊めた後、忠

　　州に向けて出発した。忠州には、甥の一人が長(zhǎng)官していたが、世話になるのを避

　　けて揚(yáng)子江の辺にある竜興寺に身を寄せていた。

　　その頃、さきに成都で急死した厳武の柩が、郷里に帰葬のため舟でこの町を下ってゆくのを涙ながらに見(jiàn)送りつつ、かっての禮遇に感謝した。また江の南岸の

　　屏風(fēng)山には、古代の聖天子の一人、夏の禹王を祭った廟があったので、ここを訪

　　ねて詩(shī)を賦したり、時(shí)には甥の長(zhǎng)官の家に招かれて、他郷ながらの楽しみを盡く

　　すこともあった。しかし、それもしばらくの間のことであった。

　　中秋を過(guò)ぎた頃。再び揚(yáng)子江に舟を放ち一路東向かって揚(yáng)子江を下った。途中

　　経過(guò)する揚(yáng)子江沿いの町々には、晩煙がさかんにおこり、山から湧きおこる雲(yún)の

　　たたずまいは、去來(lái)定まらず、寒そうであった。船旅のなかで、杜甫は幾度か岸

　　辺に舟を泊めて「旅夜懐を書す」題した詩(shī)を歌った。詩(shī)文でしか世にその名を知

　　られることない不満を抱きながらも、詩(shī)人以外の路を選ぶことの出來(lái)ない運(yùn)命が、

　　身の上にも及びつつあったことを、すでに杜甫は自覚し、悟りはじめていたよう

　　である。

　　ともあれ、杜甫と家族をのせた舟は、秋も深い重陽(yáng)の節(jié)句に近いころ、雲(yún)安に

　　到達(dá)した。ここは現(xiàn)在の雲(yún)陽(yáng)県である。四川省の東部にある揚(yáng)子江沿いの町であ

　　る。ここまで來(lái)る途中、揚(yáng)子江の水の濕気で杜甫は、持病の肺疾に加えて、足の

　　痺れがひどくなった。これ以上船旅を続けるのが困難となったので、ひとまずこ

　　の町に上陸することにした。

　　さいわい県令の厳某が揚(yáng)子江に臨んだ小閣を提供してくれので、杜甫はこれから

　　約半年の間、ここで療養(yǎng)することになった。寓居にあてられた小閣は、後ろは巖

　　山であった。前方は萬(wàn)尋の高岸が突っ立つところ、その下を揚(yáng)子江の碧流が渦ま

　　いて流れていた。朝夕そうした景色を眺め病をいやす杜甫は、時(shí)に召使いの女を

　　呼んで酒壷を運(yùn)ばせたり、子供達(dá)には「文選」を読ませるなどして、旅愁を慰め