日語閱讀:籠釣瓶7
七
治六が心配するまでもなく、これから先きをどうするかということは、次郎左衛門の胸を強くおしつけている問題であった。治六や佐野屋の亭主は、金のあるうちにどうにかしろと言うけれども、次郎左衛門はそれと反対に、金のあるうちはどうすることも出來ないと思っていた。彼は同時に二つの仕事を抱えるほどの余裕をもたなかった。金のあるあいだは八橋に逢うのが唯一(ゆいいつ)の仕事で、とてもほかの仕事に取りかかれそうもなかった。金のあるあいだは何を考えても無駄なことだと、彼は自分で見切りを付けていた。
その金がいよいよなくなったらどうする――その時になったら初めてなんとか考えよう、又なんとかいい考えも出るだろうと、彼は努めてなんにも考えないようにしていた。
「治六の馬鹿野郎」
それにつけても腹立たしいのはゆうべの治六であった。八橋を身請けするほどならば、あいつらの知恵を借りるまでもなく、おれが自分から進んで立派に身請けをする。それがもう出來ないのを知っているから、今もこうして通いつづけている。その入り訳はきのうも宿で言い聞かせてあるのに、うっかりと詰まらないことを浮橋に言い出して、それが八橋の耳へもはいって、おれはいい恥を掻かなければならない事になった。佐野の大盡ともあるべき者が、多寡(たか)が四百両や五百両で大兵庫屋の花魁を請け出そうとした――そんなことが世間へきこえたら廓じゅうの笑い草になる。自分ばかりではない、八橋の恥にもなる。それを思うと、彼は胸が煮え返るように腹立たしかった。
「一年まえのおれだったら、治六の奴め、生かして置くものか」と、彼はいきまいた。
まったく一年まえの彼であったら、憎い治六の襟髪を摑(つか)んで、大道(だいどう)へ引き摺り出して踏み殺すか。又は身を放さない村正の一刀を引き抜いて、彼をまっ二つに斷ちはなすか。二つに一つの成敗(せいばい)を猶予するような次郎左衛門ではなかった。十両の金をくれて長(なが)の暇(いとま)は、この主人としては勿體ないほどに有難い慈悲の捌(さば)きであった。
もうこうなったら男の意地としても、彼は八橋を請け出さなければ顔が立たないように思われた。いかにあせってもその金はもう出來ないと思うと、次郎左衛門はなんだか悲しくなった。現にゆうべも八橋から、身請けをするならばするようにしてくれと口説かれた。自分もこんな所に永くいたいことはない。まったく自分を請け出してくれる料簡があるならば、たとい立派というほどでなくとも、人並の引祝いをして廓を出られるようにしてくれと、彼女はしみじみ言った。
これには次郎左衛門も返事に困った。今の身の上でとてもそんなことの出來そうな筈はないので、彼もなま返事をしてその場はいい加減に切り抜けたが、これも畢竟(ひっきょう)は治六の奴めが詰まらないことをしゃべったからである。彼はどう考えても治六が憎かった。
日が暮れると、彼はふらふら[#「ふらふら」に傍點]と宿を出た。今夜は駕籠に乗らずに北をむいて歩いた。憎い奴だとは思いながらも、治六に離れて彼は心さびしかった。並木の通りには宵の燈がちらちら[?!袱沥椁沥椤工税c]と揺れて、二十五日の暗い空は正面の観音堂の甍(いらか)の上に落ちかかるように垂れていた。風のない夜であったが、人のからだは霜を浴びているように寒かった。近いうちに雪が降るかも知れないと次郎左衛門は思った。
「吉原へ行こうか、行くまいか」と、彼は立ち停まって思案した。雷門はもう眼の前に立っていた。
今夜行ったら八橋がまたゆうべの身請け話をくりかえすかも知れない。いつもいつも曖昧な返事ばかりもしていられない。治六のお蔭で自分はどうにもこうにもならないことになった。いっそ正直に今の身の上を打明けて、とても人並の身請けなどはできないと斷わろうか。それが潔白で一番いいのであるが、それを聴いて八橋がなんと思うか、次郎左衛門はすこぶる不安心であった。彼は八橋にこんなことを聞かせたくなかった。ふところに金のある間は、なるべく佐野の大盡で押し通していたかった。
彼は酒が飲みたくなった。今夜は宿屋で夕飯の膳に徳利(とくり)の乗っていないのを発見したが、彼は酒を持って來いとも言わなかった。宿の亭主もなんだか治六の味方をしているらしいのが、彼の癪にさわっていたからであった。どこへ行っても酒は飲めると、彼は碌々(ろくろく)に飯も食わずに宿を飛び出してしまったのであった。吉原へ行けばなんでも勝手なものが食える――それを知りながら彼は並木通りの小さな茶漬屋の暖簾(のれん)をくぐった。吉原へ行こうか、行くまいか、分別がまだ確かに決まらないからであった。
田楽豆腐と香の物で彼はさびしく酒を飲んでいた。今夜に限って、吉原へ行くのがなんだか気が進まなかった。八橋から又ぞろ身請け話を持ち出されるのが何分つらいからであった。
「おれは男らしくない」
こう思いながらも、彼は八橋の前で何もかも男らしく白狀する勇気がなかった。八橋がどれほどに自分を思っていてくれるか、実はその見當がはっきり付いていないからであった。八橋は自分を嫌っていないものと彼は信じていた。しかしどれほどに自分を愛しているか、その寸法を測るべき物指しを彼はもっていなかった。自分が故郷を立ち退いて、今は一種の無宿者同様になっていることを知ったあかつきに、八橋はどんな態度を取るか。それは彼にも確かな想像はつかなかった。
もし八橋が心底(しんそこ)から自分を思っていてくれるとしたら、彼は今更こんなことを言い出して、彼女の心を傷つけるに忍びなかった。もし又それほどに自分を思っていないとしたら、なまじいのことを言い出して、彼女の冷たい心の底を見せつけられるのも怖ろしかった。彼は男らしくないということを十分に意識していながらも、八橋に対しては、どうしても男らしい態度を取り得なかった。
今夜は酒を飲んでもいい心持ちに酔えなかった。ほかに二、三人の客がはいって來て、何かいそがしそうに話していたが、それも次郎左衛門の耳へははいらなかった。彼は自分でも不思議なくらいに今夜は寂しく感じた。それはなぜだか判らなかった。
彼は子供の時のことをふと思い出した。それは歳暮にでも持って行くらしい紙鳶(たこ)をぶらさげた職人の客がはいって來たからであった。彼は故郷の広い野原で紙鳶をあげた昔の春がそぞろに戀しくなった。その頃の喧嘩友達の名なども急に思い出された。
「治六がいなくなったせいではない」
しいてそう思いながらも、やはり治六に離れたのが寂しかった。宿の亭主も自分の味方ではないらしかった。そんなことを考えると、彼は我ながら意気地がないと思うほどに寂しかった。いつもの彼の魂はどこへか抜け出してしまったように思われた。碌に酔いもしないで茶漬屋を出た彼は、これからどうしようかとまた迷った。吉原へ行くのはどうも気おくれがした。さりとてこのまま宿屋へ帰る気にもなれなかった。彼はただ無暗に寂しかった。この遣る瀬ない寂しさを打ち消すには、理屈も人情もない、なにか非常手段を取らなければならないように思われた。
「栄之丞の所へ行って見ようか」
八橋の情夫(おとこ)という寶生栄之丞に逢って、八橋が身請けのことを掛け合って見たいような気になって、彼はまっすぐに大音寺前の方へ足を向けた。田舎みちに馴れている彼は、暗い田圃(たんぼ)を行くのはさのみ苦にもならなかった。彼はまばらな星明かりを頼りにして、方角をよく知らない田圃みちをさまよいながら、どうにかこうにか大音寺前まで辿(たど)って行った。
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