日語閱讀:籠釣瓶8
八
思いもつかない客におそわれて、栄之丞はどぎまぎしながら挨拶した。
「こんな所がよくお判りになりました」
「ここらだろうと思ってうろうろしていると、お前さんらしい謡(うた)いの聲がきこえましたので……」と、次郎左衛門は笑いながら坐った。
栄之丞も無理に笑顔を粧(つく)った。
「お獨りですか」と、彼はまた訊いた。
「妹がおりましたが、一両日前にほかへやりました」と、栄之丞は火鉢に粉炭(こなずみ)をつぎながら答えた。
「おかたづきになりましたか」
「いえ、奉公に出しまして……」と、栄之丞はきまりが悪そうにうつむいた。
思ったよりも侘びしげな暮らしの有様を見て、次郎左衛門は可哀そうになった。大兵庫屋の八橋の情夫はこんなにおちぶれているのかと思うと、彼は可哀そうを通り越して、栄之丞を軽蔑するような心持ちの方が強くなって來た。自分の従弟――八橋はそう言っている――が不自由な暮らしをしているという事は、かねて彼女からも聞かされていたが、まさかこれ程とは思っていなかった。
かすかな火種では容易に火が起らないらしく、栄之丞は破れた扇で頻(しき)りに炭を煽いでいた。
「こっちへ來たらば、一度はお訪ね申そうと思いながら、いつも御無沙汰をしていました。八橋に聞きましたら、この頃はちっとも廓(なか)の方へもお出でがないそうで……」
栄之丞は蒼白い顔を少し紅くした。次郎左衛門が今夜なにしに來たのか、彼は一種の不安に囚われて碌々に返事もできなかった。
「私はこのあいだ雷門でお目にかかってから、ゆうべまで続けて八橋の所へまいりました」と、次郎左衛門はにこにこ[#「にこにこ」に傍點]しながら言い出した。「今夜も行こうかと思って宿を出ましたが、途中でなんだか寂しくなったので、ふい[#「ふい」に傍點]とこちらへ伺おうと思い立ちました」
吉原へ行くのがなぜさびしいか、それは栄之丞には判らなかった。彼は黙っておとなしく聴いていた。
「奉公人が詰まらないことをしゃべったもんですから、八橋はわたくしに身請けをしてくれと言うのです」
八橋と自分との仲をうすうす覚った彼は、八橋を請け出すについて後日(ごにち)の苦情のないように縁切りの掛け合いに來たのであろうと、栄之丞は推量した。近頃はなるべく八橋と遠ざかるように心がけてはいたものの、彼女が自分には一言の相談もなしに次郎左衛門と身請けの話をすすめているかと思うと、栄之丞は決していい心持ちがしなかった。彼は火をあおいでいる扇の手を休めて、客の方に向き直った。
「ですが、わたくしに請け出されたら、栄之丞さん、八橋はお前さんをどうする気でしょう。いや、お隠しなさるには及びません。お前さんと八橋のことはもう知っています。それでも私はお前さんを正直な善い人だと思っています。わたくしはお前さんと喧嘩をする気にはなれない。いつまでも仲好くおつきあいをしていたいと思っている位です。そこで、お前さんに少し御相談があるんですが、聞いて下さいましょうか」
いよいよ本文(ほんもん)にはいって來たなと栄之丞は思った。そうして、胸のうちでその返事の仕様をあれかこれかと臆病らしく考えていた。
「実はわたくしには身請けの金がないのです」と、次郎左衛門は思い切って言った。
少し拍子抜けがした気味で、栄之丞は相手の顔をぼんやりと眺めていた。
「わたくしはもう昔の次郎左衛門ではございません」
身代をつぶして故郷の佐野を立ち退いて來たことを彼は殘らず打明けた。
そこで、ふところに金のある間は今までの通りに華やかな遊びをして、金がなくなったら又なんとか考えようと、たった今までは平気で落ち著いていたが、なんだか急に心寂しくなって、どうもこの儘(まま)ではいられないような不安な心持ちになって來た。といって、わたくしが八橋を請け出すことになれば、どうしても千両以上の金がいる。その金はない。しかしお前さんから八橋に話をして、お前さんが請け出すという事になれば、親許身請けとでも何とでも名をつけて、その半額か或いは五百両下(した)で埒が明くことと思われる。わたくしは今ここに遣い殘りの金を六百五十両ほど持っているから、みんなそれをお前さんに差し上げる。お前さんの掛け合い次第で、五百両で身請けができれば百五十両、四百両で話がまとまれば、二百五十両、その殘りの金はみんなお前さんに差し上げるから、どうか八橋と縁を切ってもらいたい。むかしの次郎左衛門ならば、そんなさもしいことは言わない。千両箱を積んで八橋を請け出して、お前さんの眼の前にも手切れ金の四百両、五百両をならべて見せるが、それが出來ない今の身の上となっては、こんな手前勝手なことを言うよりほかはない。どうか悪しからず思ってくれと、彼は頼むように言った。
次郎左衛門が自分にむかってこんなことを言い出すのはよくよくのことであろうと、栄之丞は気の毒でもあり、薄気味悪くもなって來た。実をいえば、自分も八橋を次郎左衛門に譲り渡して、その係り合いをぬけたいと考えている折柄であるから、八橋さえ納得すればそうしてもいいと彼は素直に考えた。たとい多少の不満足があるとしても、この場合、彼は眼のまえで次郎左衛門に反抗する力はなかった。
そこで、彼はこう答えた。
「お話はよく判りました。出來ることやら出來ないことやら確かには判りませんが、身請けの儀は早速相談いたして見ましょう。但しその余分の金は、いかほどであろうとも手前が頂戴いたすわけには參りませんから、それは前もってお斷わり申しておきます」
「ごもっともでございます。それはその時に又あらためて御相談をいたしましょう。まことに我儘(わがまま)なことばかり申し上げて相済みません」
まったく我儘な申し分であった。自分が身請けをしたいのであるが、それだけの金がないから、お前の方から金のかからないように請け出してくれ。そうして、女はこっちへ渡せというのである。それも本當の親兄弟か親類ならば格別、その女の情夫ということを承知の上で頼むのである。栄之丞としては見くびられたとも貶(おと)しめられたとも、言いようのない侮蔑(ぶべつ)を蒙(こうむ)ったように感じた。
それでも彼は爭わなかった。爭っても勝てないのを自覚しているのと、これまでこの人を欺(だま)していたのが、なんだか怖ろしいようにも思われるのと、この二つが彼の不満をおさえ付けて、容易に頭をもたげさせなかった。彼は忠実な奴僕(しもべ)のように次郎左衛門の前にひれ伏してしまった。
淺草寺(せんそうじ)の五つ(午後八時)の鐘を聴いてから、次郎左衛門は暇を告げて出た。出るとやはり吉原が戀しくなった。
彼は大音寺前の細い路をつたって、堤(どて)の方へ暗いなかを急いで行った。
威勢のいい四手(よつで)駕籠が次郎左衛門を追い越して飛んで行った。その提燈の燈が七、八間も行き過ぎたと思う頃に、足早に次郎左衛門の後をつけて來た者があった。と思うと、抜打ちの太刀風に彼は早くも身をかわした。武蕓の心得のある彼は路ばたの立ち木をうしろにして、闇(やみ)を睨んで叫んだ。
「人違いでございましょう」
まったく人違いであったのか、あるいはこっちに心得があると思ったためか、相手は無言で刃(やいば)を引いて、もと來た方へ一散に駈けて行ってしまった。
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